岩谷産業と京大、プラズマレスで高速異方性エッチングや平坦化加工技術を開発

 京都大学松尾准教授と岩谷産業は共同で、プラズマレスで半導体やMEMS向け高速異方性エッチングや平坦化加工を実現する「ClF3ガスクラスターエッチング」技術を開発した。

■本技術の原理

 本技術は、ガスを事前に放電させずに、基板に吹き付けて異方性加工を実現するというもの。具体的には、ClF3(三フッ化塩素)ガスをノズルから真空チャンバーに吹き込むことで急激に断熱膨張させ、反応性ガスの分子・原子をクラスターと呼ばれる大きな集合体(数百から数万個の塊)にして基板に吹き付けたところ、室温下でも十分な異方性加工ができる結果を得た。クラスターは分子・原子に比べて重いため、基板に吹き付ける程度でも大きな運動エネルギーを持っており、衝突時にこの運動エネルギーが熱つまり反応エネルギーに変換され化学反応が促進される。

■技術特長 

 本技術は次のような大きな特長を有する。

①反応ガスにClF3(三フッ化塩素)を用いた場合、室温においてSi単結晶のエッチング速度が40μm/min以上を実現。これは、従来のプラズマを用いた手法でのエッチング速度は10μm/min程度である事から、4倍程度の高速エッチングが可能となる。

②Siとフォトレジストとの選択比は2000:1以上で極めて選択性に優れている。

③一般的にプラズマエッチングでは等方性エッチングとなるが、このクラスターエッチングは側壁も滑らかな異方性エッチングができる。

④また、リアクティブ・イオン・エッチング(RIE)のような従来法では基板に対し垂直加工しかできなかったが、このクラスターエッチング技術は吹き付け方向に制約はなく、吹き付け角度によって斜めエッチングも可能となる。したがって、基板の平坦化加工にも応用できる。

⑤電気的なエネルギーを持っていないため、基板へのダメージが極めて小さく微細加工に適している。

 ■本技術の応用

 このClF3ガスクラスターエッチングは、MEMS(メムス、Micro Electro Mechanical Systems)や3D(3次元)デバイスで使用されているSiの深堀エッチング、圧力・加速度センサ、タイヤ用空気圧センサ、温度センサ、SOI基板の分離などに応用できる。

 また、現在のプラズマプロセスで顕在化してきている電気的ダメージ、絶縁膜破壊、不純物汚染といった問題を克服することができるため、現在広く半導体デバイス加工に用いられているプラズマプロセスに取って代わる技術となりうる。さらに、平坦化技術にも応用することができ、現在主流となっているCMP(化学的・機械的研磨技術)で発生する膜剥がれの問題を解決できる技術として非常に有望である。 

■従来エッチング技術とその問題点

 従来、異方性エッチングを行う場合、リアクティブ・イオン・エッチング(RIE)と呼ばれるガスを放電(プラズマ)でイオン化しバイアス電圧でイオンに方向性を持たせてエッチングを行うか、ラジカル・ビーム・ミリング(RBM)と呼ばれる、ガスを放電させてイオン化した後、直流(DC)電圧でイオンを加速させ粒子を基板に衝突させる方式が用いられてきた。

 しかしながら、これらの方法では電気的にエネルギーを帯びた活性種を用いるために基板への電気的ダメージが免れず、今後ますます微細化が要求される加工方法では大きな問題となってくる。また、MEMS分野においては、加工寸法が大きいため、従来法で得られる10μm/minを大幅に超えるエッチング速度が要求されていた。

 なお近年、表面加工や表面分析に展開する新しい技術として、数 100 個から数 1000 個の原子の塊 (クラスター) からなるイオンを高速で固体表面に衝撃させる「原子・分子クラスターイオンビーム技術」が提案されてきたが、今回開発した技術は単にクラスター化するだけでイオン化を必要としないことが最大のメリットであり、装置構造や制御方法が極めてシンプルになる画期的な技術である。 

<補足用語説明>

エッチング技術

 半導体工学分野では、ウェハーなどの半導体上の薄膜を形状加工する技術に応用されている。半導体ウェハー上に酸化膜等の薄膜を形成し、フォトレジストでパターンを形成した後にエッチングにより不要な薄膜を除去する。エッチングの手法としては、弗酸などの液体を使用するウェットエッチングと、四フッ化炭素などのガスを使用するドライエッチングが有る。

異方性エッチング

 液体中でのエッチングやプラズマエッチングでも特別な注意を払わないでエッチングすると、フォトレジストの下側もエッチングされる。これを等方性エッチングと呼ぶ。それに対して、横方向には広がらず垂直方向にだけ、深い穴や溝状にエッチングを行うのを異方性エッチングと呼ぶ。

MEMS

 MEMS (メムス、Micro Electro Mechanical Systems) は、機械要素部品、センサー、アクチュエータ、電子回路を一つのシリコン基板、ガラス基板、有機材料などの上に集積化したデバイスを指す。プロセス上の制約や材料の違いなどにより、機械構造と電子回路が別なチップになる場合があるが、このようなハイブリッドの場合もMEMSという。 主要部分は半導体集積回路作製技術を用いて作製されるが、半導体集積回路が平面を加工するプロセスで作製されるのに対し、立体形状を形成する必要がある。

 現在、製品として市販されている物としては、インクジェットプリンタのヘッド、圧力センサ、加速度センサー、ジャイロスコープ、DMD(プロジェクター)などがある。

CMP

 CMP(Chemical Mechanical Polishing)とは、半導体ウェハーを研磨パッドに軽く押し付け、スラリを流しながらこすり合わせることによって、表面を欠陥なくナノメートルレベルに平坦化する技術を指す