岩谷産業、世界初のフッ化カルシウム(蛍石)合成技術を確立。レンズ用原料として天然資源に依存しない安定供給を実現

 岩谷産業は、名古屋工業大学安井晋示准教授の技術指導を受け、上田石灰製造(本社:岐阜県大垣市、社長:上田和男)と共同で、デジタルカメラ、天体望遠鏡のレンズに使われる光学結晶材料の原料となるフッ化カルシウム(蛍石)の合成技術を確立した。
 光学結晶材料の原料となる蛍石(フッ化カルシウム:CaF2)は、現在、天然資源として中国から全量輸入に頼っているが、品質のバラツキや価格変動が激しく光学結晶材料メーカー(光学レンズメーカー)では安定的なフッ化カルシウムの調達が課題となっていた。今回、世界で初めて開発に成功した人工フッ化カルシウムの製造技術を用いると、極めて高純度な製品を安定的に提供することが可能となり、このようなユーザーニーズに応える有望な技術として注目されている。

 今回開発した技術は、粉末の炭酸カルシウム(CaCO3)を、特殊バインダーを用いてφ5mm、長さ10mm程度の円柱形状に造粒し、これをフッ化水素(HF)ガスと反応させ高純度のフッ化カルシウム(CaF2)を人工的に合成する製造方法。特殊バインダーを用いて炭酸カルシウムを造粒する技術は上田石灰製造が担当し、フッ化水素ガスとの反応プロセスの開発は岩谷産業が主となって担当した。

   CaCO3  +  2HF   →   CaF2   +  CO2  +  H2O

炭酸カルシウム   フッ化水素ガス     フッ化カルシウム(蛍石)

 開発した技術のポイントは、造粒した特殊バインダー含有の炭酸カルシウムの粒を、表層部のみならず芯部までHFと接触させ完全にフッ化反応させること、および合成したフッ化カルシウムの純度が99.95wt%以上という高純度であることの2点。特に光学結晶材料は極微量の不純物が存在するだけで、光の吸収特性や結晶強度に大きな影響を与えることから各種不純物濃度が規定されている。例えば、原料となるフッ化カルシウム中に含まれる不純物としては、Si(シリコン)、Mg(マグネシウム)などが挙げられるが、それぞれ数十ppm程度以下に抑えて製造する技術を確立した。同技術は上田石灰製造と共同で特許を出願中。
 また、造粒技術はレンズメーカーに納める際の形状としても重要なファクターとなる。粉末の場合、レンズメーカーでは結晶化工程で取り扱いが困難とされ、かさ密度の高い粒状品(造粒品)でなければならない。この造粒技術を上田石灰製造が保有しており、岩谷産業のガス技術と組み合わせることで今回の開発に至った。

 今回の技術で製造した高純度フッ化カルシウムを、某大手光学レンズメーカーで評価したところ、天然のフッ化カルシウムを使用した場合と比較して光学特性が良好になるとの結果が得られた。蛍石はレンズに加えて、鉄鋼メーカーでも脱リンや脱硫工程にて純度の低い製品を使用しているが、近年、通常の鉄より品質の良い高品質鉄鋼の製造に注目が集まっており、この分野でも高純度の蛍石が求められている。
 岩谷産業では、今回の開発で人工蛍石の量産化に目途が立ったことから、今後は多くの会社に採用してもらえるようレンズメーカーおよび鉄鋼メーカーを中心に同製品のPRおよび需要開拓を行い、早期の事業化を目指す。

合成した高純度フッ化カルシウム

【参考資料】

■合成蛍石の品質(某大手光学レンズメーカーによる評価)

 光学結晶材料とするには、岩谷産業から提供したフッ化カルシウム原料を高温で溶融し、真空雰囲気下において1000℃以上の高温で結晶成長させる「Bridgman-Stockbarger法」を用いることでインゴット状のフッ化カルシウム単結晶を作成するが、この際、まず透明であることが良質な単結晶かどうかを見極める第一ステップになる。炭酸カルシウムのフッ化カルシウムへの反応が不完全だったり、フッ化カルシウム中に含まれる不純物濃度が高かったりした場合は、透明な単結晶を得ることができず黒色化など色変する(下図)。

純度不良高純度

 また、第二ステップとして、作成した単結晶の光透過特性を調べたが、光学レンズメーカーからの要求スペックである400~800nmの可視光領域での光透過性90%以上を有していることが確かめられた(下図)。また、一般に天然の輸入フッ化カルシウムでは透過性を示さない(光吸収が起きる)とされる200~400nmの紫外光の波長領域でも90%以上の透過性を有しており、天然品のフッ化カルシウムに比べ優位な光吸収特性を有するといえる。


合成したCaF2から結晶化したレンズの透過率

■中国からの輸入品との比較

 中国からの輸入品は、大きく分けて純度により3つのグレードがある。光学レンズ用は、ある特定の鉱脈から産出される蛍石の中から、さらに高純度品だけをえりすぐって利用しているのが現状。ただし、品質にはばらつきが大きく、また為替の影響も含み価格も大きく変動しており、光学レンズメーカーでは安定供給の面から合成蛍石の技術には関心が寄せられている。
 なお蛍石は、中国以外でも南アフリカやメキシコからも産出するが、中国産以外はヒ素など不純物を多く含み、専ら高純度品は中国からの輸入に頼っている。
 今回、開発した合成蛍石は、中国からの天然品に比べかさ密度がやや小さくなっている。かさ密度が小さいと、結晶合成する際のハンドリングにやや手間がかかりるので今後の改善項目と考えられる。
 また、価格面でも現状は輸入品に比べ高くなることが想定されるが、需要の拡大とともに製造コストは下げられる。さらに、後述のようにフッ化反応に用いるフッ化水素ガス(HF)を、従来から行われているフロン回収・破壊事業のプロセスから得られるHFを利用することにより製造コストを大幅に下げることができる。

輸入蛍石と合成蛍石の比較

 

中国からの輸入品

(天然蛍石)

今回開発した

合成蛍石

外観
形状10mmふるい下円柱(Φ5×5~10mm)
CaF2純度

・冶金グレード :60~85%程度(通常の天然品)

・化学品グレード:97%以上(冶金グレード品を分析・選別)

・高純度品(特別選別品)グレード:99.95%以上
(特定の鉱脈からの化学品グレードを分析・選別)
鉱脈により品質が不安定

99.95%以上

品質が安定

供給安定性

チャイナリスク

資源枯渇、戦略物資となる懸念

安定供給が可能
かさ密度2.0g/cm30.8~0.9g/cm3
価格

冶金グレード:30円/kg程度

化学品グレード:45円/kg程度

高純度品(特別選別品)グレード:1,000円/kg以上

2,000円以下

(目標1,000円)/kg

■蛍石合成に必要なフッ化水素(HF)の調達

 本技術は炭酸カルシウム(CaCO3)にフッ化水素(HF)を反応させて高純度な蛍石(CaF2)を合成する技術だが、HFは現在行われている家庭用・業務用・自動車用冷媒フロンなどの回収・破壊事業のプロセスから排出されるHFを利用することを想定している。
 フロンには大きく分けてCFC(クロロフルオロカーボン)、HCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン)、HFC(ハイドロフルオロカーボン)3つの種類があり、レンズ向け高純度蛍石の原料に適しているのは、塩素を含まないHFCだけとなる。このHFCを分別回収して熱分解により破壊し、HFを取り出し炭酸カルシウムと反応させることで安価に高純度蛍石を合成できる。また、中和処理設備の導入や中和処理後の汚泥の産業廃棄物としての処理が不要になることから、地球環境面でも大きく貢献できる有利な技術になる。さらに半導体や液晶工場で使用されているPFC(パーフルオロカーボン)のCF4、C2F6、C3F8などもHFの原料とすることが可能。