エア・ウォーター北海道など4者、北海道興部町でパイロットプラントの竣工式

バイオガスからメタノールとギ酸を製造する光化学プラント

 大阪大学(学長:西尾 章治郎)と北海道興部町(町長:硲 一寿)、エア・ウォーター北海道(代表取締役社長:加藤 保宣)、岩田地崎建設(代表取締役社長:岩田 圭剛)は、2021 年2 月に4 者連携協定を締結し取り組みを進めてきた「バイオガス※1からメタノール※2とギ酸※3を製造する光化学プラントの実用化に向けた開発」に関して、北海道興部町内の興部北興バイオガスプラントの敷地内にパイロットプラントを建設し、2022年5月26日に竣工式を行った。

メタンの光酸化技術の概要

 大阪大学先導的学際研究機構の大久保 敬 教授(専門:光化学)の研究グループでは、2018 年に除菌消臭剤の有効成分として知られている二酸化塩素とメタンガスを特殊な溶媒(フルオラス溶媒※4)に溶かし、光を当てることで、常温・常圧下においてメタンをメタノールとギ酸に変換する技術を発見した。

 従来、メタノールは天然ガスを原料とした一酸化炭素と水素の合成反応で得る方法が一般的だが、腐食性の高い金属触媒や、50-100 気圧、240-260℃といった高温・高圧条件を必要とすることから、国内で生産体制が構築されるまでには至っていなかった。本技術を用いることで、現在は国内需要を全て輸入で賄っているメタノールや、酪農地域でサイレージ※5 の添加剤として多く利用されているギ酸の国内生産に活路を見出した。

バイオガス中に含まれるメタンをメタノールとギ酸に変換
バイオガス中に含まれるメタンをメタノールとギ酸に変換(図1)

化学技術を酪農へ適用

 本技術で用いるメタンは、北海道の酪農地域で導入が進む、バイオガスプラントから得ることが可能。バイオガスプラントでは、家畜ふん尿を主原料とし飼料生産に有用な有機肥料である消化液を生産するとともに、カーボンニュートラルなエネルギー源であるバイオガス(メタン:60%、二酸化炭素:40%)の生産も行う。

 そのバイオガスを、メタノールおよびギ酸に変換することにより、FIT 売電※6を主なビジネスモデルとするバイオガスプラントの新しいモデルの構築につなげる。さらには、家畜ふん尿由来のメタンの有効活用により、世界初の「家畜ふん尿由来のバイオメタノール 、バイオギ酸※7」生産という新規産業の創出につながると共に、GHG※8の排出量削減に大きく寄与することが期待される。

NEDO 事業採択による研究開発の実施

 この技術を用いた事業化に向け、2021 年 2 月には本技術を保有する国立大学法人大阪大学、研究フィールドを提供する北海道興部町に加え、技術の開発と光化学パイロットプラントの構築に向けてエア・ウォーター北海道、岩田地崎建設の民間2 社が参画した4者の連携協定を締結し、産官学4 者の強力な体制のもと検討を続けてきた。

 2021 年4 月からは、より具体的な研究開発の実施と、ラボ装置をスケールアップしたパイロットプラントの設計および構築を目的とし、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究開発委託事業「NEDO 先導研究プログラム 畜産系バイオガスのメタノール・ギ酸変換技術の開発」を 4 者共同で実施している。

バイオガス中に含まれるメタンをメタノールとギ酸に変換
バイオガス中に含まれるメタンをメタノールとギ酸に変換(図2)

 各者はそれぞれ、バイオガスの光酸化反応システムの構築に関しては大阪大学および興部町、スケールアップしたパイロットプラントの建設に関してはエア・ウォーター北海道、パイロットプラントに適した研究棟の構築および排液リサイクルシステムの構築に関しては岩田地崎建設が担当している。

 2021 年度は各者が上記担当項目を実施し、興部北興バイオガスプラント敷地内に「メタン酸化技術開発研究棟」を構築した。パイロットプラント本体は、内容量が約 1 ㎥(1,000L) となる「反応槽」を軸として、既存の興部北興バイオガスプラントで発生するバイオガスを原料にバイオメタノール、およびバイオギ酸に変換するフローを設置した。これにより、世界初の畜産由来原料を用いたメタンの光化学パイロットプラントを構築している。

 興部町に設置したメタン酸化技術開発研究棟
興部町に設置したメタン酸化技術開発研究棟(写真1)

 本委託事業に関しては、 2022 年度も引き続き4 者の強固な体制のもと、生成したバイオメタノール、およびバイオギ酸の抽出フローの設計・構築を続けるとともに、実際に各生成物の生成実験を進め、その技術の全貌解明に努める。実験の過程で発生した各生成物は、興部町内における利用を根本として、ビジネスモデルの構築を検討する計画。

 本技術開発後は、2030 年度以降に向けたシステムの実用化や実際の酪農地域への導入、および生成物の有効活用など、エネルギーの地産地消を基本としたカーボンニュートラル循環型酪農システムの構築に向けた国家プロジェクト創生を見据えている。その最初の研究フィールドとなる興部町では、町のまちづくり構想に合わせ、バイオメタノールの災害時利用やバイオギ酸の町内酪農利用などを視野に、メタン光酸化技術の町への組込を検討し、システムの全国展開への一歩として引き続き取り組みを進める。

カーボンニュートラル循環型酪農システムの概要(図3)

参考

【本技術を活用した興部町のまちづくり】

 北海道興部町は、2013 年度にバイオマス産業都市に認定されて以降、バイオマスを活用した持続可能なまちづくりに関する取組みを進めており、下水汚泥等のバイオマスの有効活用、興部北興 BGP によるエネルギー生産、興部町を中心とした北オホーツク地域6市町村で取り組む北オホーツク地域循環共生圏※9 の構築など様々な取組みを行っている。

 本技術の実証により、バイオガスの売電以外の活用方法が見いださ
れ、バイオガスプラントの普及に大きく貢献するとともに、基幹産業の
酪農業の基盤整備に寄与する。また、生産されるメタノールは常温常圧下において液体であることから、運搬に適しており、バイオガスプラ
ントの自身の熱源(電気、温水)として利用するほか、町内のEV ステ
ーション、公共施設の燃料電池に供給し、生成した電気を公用車、原料運搬車両、消化液運搬車両、牛乳収集車両や施設稼働のための電源として用いる(図3)。また、重油代替燃料としてのメタノールの活用は温室効果ガス排出削減に大きく貢献すると考えられるため、工場等での活用も検討する。

北海道興部町の興部北興バイオガスプラント
北海道興部町の興部北興バイオガスプラント(写真2)

【興部北興バイオガスプラントについて】

 北海道興部町は、北海道オホーツク海側に面する人口約 3,700 人の農業・漁業を基幹産業とする町。特に農業については、冷涼な気候であることから酪農専業であり規模拡大や近代的な設備導入により生乳生産量で約5万トンを誇る。

 生乳生産の拡大には、良質な飼料生産と適切なふん尿処理が必要であり、それを実現するためにバイオガスプラントの導入を町として進めてきており、様々な技術を実証するプラントとして町営の興部北興バイオガスプラントを建設・運営している。

 興部北興バイオガスプラントでは、家畜ふん尿の処理の他、町内で発生する下水汚泥・生ごみ・食品加工残渣の受入を行い、バイオマス資源の有効活用を行っている。また、メタン発酵により発生するバイオガスについてはバイオガス発電を行い、固定価格買取制度(FIT)を活用して売電している。

本文中の注釈の解説

  • ※1 バイオガス:バイオ燃料の一種で、生物の排泄物、有機質肥料、生分解性物質、汚泥、汚水、ゴミ、エネルギー作物などの発酵、嫌気性消化により発生するガス。メタン約 60 %、二酸化炭素約 40 %を含む。
  • ※2 メタノール:別名メチルアルコール。燃料や溶剤などとして広く使用されている。また、フェノール樹脂、接着剤、酢酸などの基礎化学品の原料である。最近では、直接メタノール燃料電池の実用化が期待されている。しかし、その合成は高温・高圧を要することが問題となっている。
  • ※3 ギ酸:乳牛の飼料であるサイレージを生産する際に添加剤として使用されている。近年では水素キャリアとしての利用も進んでいる。
  • ※4 フルオラス溶媒:炭素とフッ素原子のみから構成される溶媒。ガスの溶解度が非常に高く、分解しにくいことから、ガスを用いた化学反応には最適な溶媒である。電子機器の洗浄などにも使用されている。
  • ※5 サイレージ:家畜用飼料の一種で、飼料作物をサイロ(silo) などで発酵させたもの。一般には、青刈りした牧草を発酵させたもの(牧草サイレージ)をいう。それ以外の場合には、サイレージの前に穀物名を付けて呼ぶこともある。
  • ※6 FIT 売電(固定価格買取制度):「固定価格買取制度」とは、再生可能エネルギー(太陽光・風力・水力・地熱・バイオマス)で発電した
  • 電気を、電力会社が一定価格で一定期間買い取ることを国が約束する制度をいう。高コストである再生可能エネルギー設備の普及を進めるため、2012年に開始した制度であり、この制度の後押しにより売電収入を基にした北海道内のバイオガスプラント普及が進んだ。
  • ※7 バイオメタノール、バイオギ酸:バイオマス由来のガス(バイオガス)中のメタンから合成したメタノール、およびギ酸の名称。
  • ※8 GHG:温室効果ガス(GreenhouseGas)の略称。京都議定書で排出削減の対象となっているのは、二酸化炭素CO 2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、六フッ化硫黄(SF6)、三フッ化窒素(NF3)の計7 種。
  • ※9 北オホーツク地域循環共生圏:「地域循環共生圏」とは、各地域が美しい自然景観等の地域資源を最大限活用しながら自立・分散型の社会を形成しつつ、地域の特性に応じて資源を補完し支え合うことにより、地域の活力が最大限に発揮されることを目指す、2018年4月に閣議決定された第5次環境基本計画で提唱された考え方をいう。興部町は2019年に周辺5市町村(雄武町・西興部村・紋別市・滝上町・湧別町)と北オホーツク地域循環共生圏構築協議会を設立し、本地域に存在する豊かなバイオマスを活用した北オホーツク地域循環共生圏構築に向けた取組みを進めている。