「足下の視点で小さな変化を見逃さず、不確実な時代を生き抜く」

鈴木商館 鈴木慶彦 代表取締役社長

 2025年3月15日に創業120周年を迎えた鈴木商館の2025年3月期通期連結決算は、売上高501億3200万円(前年同期比8.4%増)、営業利益26億8800万円(同41.2%増)、経常利益29億1200万円(同41.1%増)、当期純利益18億8800万円(同35.8%増)と増収増益となった。祖業でもある産業ガスセグメントの売上高が、327億8800万円と前年同期比17.1%増へ大幅に増加し業績をけん引した。

 明治維新から1945年の太平洋戦争終戦までの約80年間をひとつのサイクルとして、その80年後となる「2025年に日本で大きな変化が起きるのでは」と、かねてから予測していた鈴木商館の鈴木慶彦社長に、激動の変革期にある日本経済と産業ガス業界において、次のサイクルに向けどのように対処し未来を切り拓いていこうとしているのか、その展望と戦略を聞いた。

鈴木商館 鈴木慶彦社長
鈴木慶彦社長

提供している価値に見合った対価

 前期決算が好調だった背景には、国内の半導体産業が回復していることに加えて、産業ガス業界にもようやく浸透してきた価格改定による効果が大きい。デフレ経済下では長期間にわたり、ガス料金自体の値上げはもちろんのこと、産業ガス販売事業者が顧客に貸与する容器代や配送コスト、配送後のアフターサービスに至るまで、販売店側が価格について決定権を持つことは難しい時代が続いていた。

 明治維新以降の日本経済が40年周期で繁栄と衰退を繰り返していると指摘したのは京セラ創業者の稲盛和夫氏だが、鈴木社長は稲盛氏の「値決めは経営」という言葉を引用して商品価格の重要性について説明し、産業ガス業界での配送運賃や容器代、メンテナンス費用など、これまで環境の変化を無視して業界内で曖昧に扱われてきたサービスに対して、取引先との明確な契約と料金の請求が不可欠であるとした。

 「稲盛氏は、高度経済成長期に円高になってもコストを下げることばかりで売り値に反映させなかった日本の企業を批判し、値上げをするべきだと主張しました。当時の日本では『値上げするのは恥』『企業努力で内部吸収するのが美徳』というような風潮があり、これが大きな間違いだった。京セラがあれほど大きく成長できたのも、適正な価格でなければ売らないという毅然とした姿勢を持っていたことがひとつの要因だと思います

 「日本の産業ガス業界では、これまで顧客に言われるがままにガスを届けるような商売が続いていたため、販売店である我々には価格決定権がありませんでした。しかし、やっと『提供している価値に見合った対価をお願いします』と言えるようになり、お客様もそれを受け入れてもらえるようになってきています。これらの変化はまだ道半ばではあるものの『ガスの配送運賃コストの上昇を理由に値上げ』という話が出てきていることはプラスの動き」だとしている。

「脱炭素」社会のゆくえ

 世界各地での紛争や貿易関税戦争、人工知能の拡大といった現代社会の課題に加えて、今後、企業が直面せざるを得ない問題が、地球温暖化や気候変動といった経済活動とその持続可能性への対応になる。国内では2050年のカーボンニュートラル社会へむけて、CO2の分離回収やCO2の有効利用といった大型のプロジェクトの立ち上げが予定されているが、産業ガス業界では「脱炭素」という言葉で世界中でやり玉に挙がっているCO2、つまり二酸化炭素を商品として扱っている。

 実際のところ、二酸化炭素は炭酸飲料やドライアイス、溶接用のシールドガスなど、我々の生活の身近なところで広く利用されているし、少し変わったところではトンネル工事の凍結工法や半導体製造の清浄工程、鳥インフルエンザウイルスに感染したニワトリの殺処分に使われるなど、無くてはならないものでもある。鈴木商館の事業の始まりは、炭酸ガスを水に溶解させる「ラムネ」(炭酸飲料)製造機の販売であり、当時はまだ一般的には珍しかった液化炭酸ガス容器を模した飲料ボトルを、120周年の記念品として取引先に贈呈するなど、二酸化炭素への思い入れは誰よりも強い。

 「産業ガス業界の重要テーマであるCO2と水素について『炭酸ガスが悪者だ』とか『化石燃料を全廃する』という流れには、厳密な意味で科学的に正しくない認識だと感じます。植物の成長にはCO2が不可欠であり、ハウス栽培では高濃度のCO2が供給されています。CO2は我々の生活にとって実は『資源として必要なもの』です。また、産業ガス業界で取り扱うCO2は、経済活動から排出された二酸化炭素を回収して商品としているもので、これを産業用途に利用することは決して『環境に悪いことではなく、マイナスを軽減すること』であると考えられます

 「また、水素エネルギー社会を目指すにしても、その水素を製造するためのエネルギーをどう手当てするのか。『化石燃料をやめましょう』という議論に対し、『エネルギーなしに水素は作れない』という事実をよく考える必要があると思います。太陽光発電や風力発電といった自然エネルギーも、発電設備の製造や設置に大量のエネルギーが必要であるだけでなく、必ず何らかの環境破壊もともなっているマイナス面も考慮すべきだし、原子力発電についても同様で、建設時のCO2排出量や地球全体のエネルギーバランスへの影響を専門家がさらに検証する必要があります

 「使うときには二酸化炭素を排出しないという水素の特性が優れていることは間違いありませんが、その水素を使うことで減らせるものや得るものと、製造のために必要なエネルギーをトータルで考えるべきです。現状では化石燃料の利用時に副生される『グレー水素』にもプラスの面はあり、全体のサイクルとしてどういう組み合わせで使用すれば、一番効率がいいのかをバランスを考えながら判断していくことが求められていると思います

120年の歴史と「小さな変化に敏感に対応する」生存戦略

 鈴木商館は1905年の創業から120年間、ほぼそのまま日本の産業ガス業界の歴史とともに成長してきたと言える。激動の変革期と予想する2025年において、鈴木社長は次の80年間のサイクルに向け、これまでの鈴木商館の120年の歴史を振り返り「小さな変化に敏感に対応する」生存戦略が重要だとする。

 「鈴木商館は、日露戦争勝利の年である1905年に創業して以来、関東大震災や第二次世界大戦、高度経済成長期以後のオイルショック、バブル崩壊といった数々の困難を乗り越えて120年間継続して事業を行ってきました。その生存の鍵は『あまり大きなことをやろうとして格好をつけるとダメで、反対に自らの足下に視線を向けて、世の中のちょっとした変化に反応できる、昆虫のような視点を持つ』ことではなかったかと思います。鈴木商館のような規模の会社にとって、日々の変化に敏感に対応することは大変重要です。通常であれば、変化は非常に小さいのでなかなかそれを明確に認識することは難しい。もし仮に2025年が大きな変革の年となり、世界や日本でとてつもない変化が起きた場合は誰もがその変化に気づきます。そうなる前に小さな変化に敏感に対応し、その時々の変化の中で最善を尽くすことが重要なのではないでしょうか