エア・ウォーターグループの「新規機能材開発プロジェクト」が新規のGaN積層構造を開発
第5世代移動通信システム(5G)の普及に大きく貢献
エア・ウォーターグループでは、グループ内外の技術、製品、知恵を結集した「擦合せ統合」の概念により、深く連携することで新しい価値を創造する「新規機能材料開発プロジェクト」を推進しており、エレクトロニクスと環境・再生を重点領域とする。前者では第5 世代移動通信システム(5G)関連の材料を開発し提供することが大きなカギとなっている。
今回、その一環として、低コスト且つ高性能な高周波トランジスタを製造することができる基板材料の構造として、新しいGaN 積層構造の開発に成功した。この開発技術が実用化することで、従来よりも低コストでの無線通信の高速化が可能となり、5Gの普及が加速するとともに、5G サービスにおけるコストパフォーマンスの改善に大きく貢献することができるとしている。
GaN(窒化ガリウム) は、広い周波数帯で電波信号の増幅を行うことができる優れた物性を有することから、高周波トランジスタ向けの素材として注目されており、現在、5G の普及に向けて、各国でGaN 高周波トランジスタの開発や商品化が進んでいる。しかしながら、その下地基板として一般的に使用されている「半絶縁SiC(炭化シリコン) 基板」や、現在、実用化に向けた取り組みが進められている「高抵抗フロートゾーンSi(FZ-Si)基板」については、高コスト、製造歩留りの低さ、トランジスタ性能の限界など、今後の普及に向けた様々な課題が見え始めている。
こうした中、エア・ウォーターは、世界で唯一、同社が保有する独自技術によって製造した「SiC on Si 基板」上に、厚いGaN 層を成長させた新しいGaN 積層構造(以下、本構造)を開発し、これらの課題解決に成功した。
本開発の成果は、米国電気電子学会が発行する科学誌「IEEE Electron Device Letters」の2020 年10 月号に掲載された。
今後、エア・ウォーターは、本構造を成長させるうえでの下地基板となる「高周波用途向けSiC on Si 下地基板」、ならびに本構造の成長まで自社で行う「高周波用途向けGaN on SiC on Si 基板」のパイロット生産を2020 年度中に開始する。
GaN 高周波トランジスタの概要
従来の通信システムと比べ飛躍的な高速通信が可能となる「5G」の商用サービスが各国で始まり、今後、基地局整備などの関連市場拡大が期待される。この5G のデータ送受信システムにおいて重要な鍵を握るのが、画像や音声のデジタル情報に関する高周波数の電波信号について、その変換や増幅を担う電子部品である高周波トランジスタになる。GaN は、従来の基板材料であるSi やGaAs(ガリウム砒素) に比べ、電子走行速度が2.1~2.7 倍、電波信号の増幅にかかる絶縁耐電界強度が7.5~10 倍になるなど、より高い周波数帯を使用する5G・ミリ波通信において高次元の性能を実現できる物性を備えているため、今後、GaN 高周波トランジスタが普及することが見込まれる。
開発の背景
高周波トランジスタは、動作時のエネルギーロスを抑えるため、トランジスタの下部を絶縁性の高い結晶材料で構成する必要がある。この観点から、これまでに「半絶縁SiC 基板」を下地基板としたGaN高周波トランジスタが実用化されているが、基板が高価で小口径(直径100 mm以下)であるため、基地局などのハイエンド用途に限定した普及に留まっている。
そこで、直径150 mm の基板で入手し易く且つ廉価な「高抵抗フロートゾーンSi 基板」を下地基板としたGaN 高周波トランジスタの開発や商品化も進んでいるが、基板が塑性変形し易く製造歩留りが低い、また、トランジスタが動作中に発熱すると絶縁性能が低下しエネルギーロスが大きくなるなどの問題があった。
エア・ウォーターは、2012 年にGaN 成長用下地基板として、独自技術による大口径(最大直径200mm)の「SiC on Si 基板」を開発、今年4 月には世界初となる「SiC on Si 基板」を用いたパワートランジスタ用 GaN 基板の実用化レベルでの開発にも成功している。今回、エア・ウォーターが培ってきたこれらの技術を駆使して、本構造の開発に成功した。
本構造の特徴
- 本構造の概要
- Si 基板には、低価格且つ大口径で大量に普及しており、強い外力を加えても塑性変形しにくい「チョクラルスキーSi(CZ-Si)基板」を使用。
- エア・ウォーター独自の成膜技術によりSi 基板上に高品質のSiC 薄膜を成長。
- SiC 薄膜上に、シンプルな窒化物緩衝層、十分に厚い(最大6µm)高抵抗GaN 層およびトランジスタ層(AlGaN バリア層)を順に成長。(注)AlGaN:窒化アルミニウムガリウム
- 本構造の優位性
- 「チョクラルスキーSi 基板」の使用によりコストダウンが可能であり、また、GaN 層やSiC 薄膜と、Si 基板との熱膨張の差に由来する基板の塑性変形も安定して抑制することができるため、これに係る製造歩留り低下も防ぐことができる。
- SiC 薄膜上には、十分に厚い高抵抗GaN 層を成長させることができる。この厚いGaN層により、エネルギーロスの少ないトランジスタ層が実現。なお、SiC 薄膜を介さずに、Si 基板上に直接このような厚いGaN 層を成長させる技術は現時点では確立されていない。
本構造を用いたGaN 高周波トランジスタの特徴
- 高抵抗GaN 層は、高温(100~200℃)でも常温(25℃)と同様の十分な高抵抗性(絶縁性能)を維持できる性質があるため、トランジスタが発熱してもエネルギーロスが大きくならない。
- SiC 薄膜上にGaN 層を成長させると「移動度」と呼ばれる電子移動の物性が「高抵抗フロートゾーンSi 基板」と比較して約20%改善し、高周波性能がアップ。
- SiC 薄膜は熱伝導性が高いため、トランジスタの発熱を放散する性能が原理的に改善する。なお、現在、その実証試験を行っている。
(注)本構造を用いた高周波トランジスタの性能(常温および高温)については、国立大学法人名古屋工業大学の 分島 彰男 准教授との共同研究により実証した。