エア・ウォーター北海道、世界初の「バイオガスからメタノールとギ酸を製造する光化学プラント」開発で大阪大学・北海道興部町・岩田地崎建設と連携協定を締結
パイロットプラントの設計・反応制御、システムの最適化を担当
大阪大学と北海道興部町は、バイオガス※1の活用技術の開発を目指して、2019年6月26日に連携協定を締結し、興部町の興部北興バイオガスプラント及びオホーツク農業科学研究センターにて協議・試験を重ねてきたが、これまでの予備検討の結果を受けて、「バイオガスからメタノール※2とギ酸※3を製造する光化学プラント」の実用化に向け、新たに民間企業2社であるエア・ウォーター北海道株式会社と岩田地崎建設株式会社を加えて、4社連携協定の締結を行った。
エア・ウォーター北海道はバイオメタンをメタノール・ギ酸へ化学変換する、世界初の光化学パイロットプラントの設計・反応制御及びシステムの最適化を担当し、岩田地崎建設は、パイロットプラントに適した上屋の設計及び周辺環境制御技術の開発を担当する。今後、大阪大学の技術を用いて、事業化にあたっては「オール北海道」の体制で、より強力な関係のもと、研究の実用化にスピード感を持って取り組むとしている。
2030年度以降の実用化を視野に入れ、最終的には「カーボンニュートラル循環型酪農システム」の構築、日本国内全体への展開を目指す。
※1 バイオガス
バイオ燃料の一種で、生物の排泄物、有機質肥料、生分解性 物質、汚泥、汚水、ゴミ、エネルギー作物などの発酵、嫌気性消化により発生するガス。メタン約60%、二酸化炭素約40%を含む。
※2 メタノール
別名メチルアルコール。燃料や溶剤などとして広く使用されている。また、フェノール樹脂、接着剤、酢酸などの基礎化学品の原料である。最近では、直接メタノール燃料電池の実用化が期待されている。しかし、その合成は高温・高圧を要することが問題となっている。
※3 ギ酸
乳牛の飼料であるサイレージを生産する際に添加剤として使用されている。近年では水素キャリアとしての利用も進んでいる。
4者共同研究契約に至った背景
北海道は一大生乳生産地であり、生乳生産量は400万トンを超え全国の約半分を誇る。適切なふん尿処理による良質な飼料生産の為、北海道中でバイオガスプラントの新設が計画されている。固定価格買取制度(FIT)※4を用いた売電による運営モデルを主としているバイオガスプラントは、FIT売電期間終了後にも継続して収益を上げるための運営方法の検討が迫られている。
例えば、バイオガスを電気以外のエネルギーに変換する場合、バイオガスをそのまま利用するよりも、含まれているメタン※5を液化することによってエネルギーを高密度化でき、運搬が容易となり貯蔵も可能となる。しかしながら、バイオガスの主成分のメタンガスを液体燃料に変換する技術は、化学反応の中で最も難しい反応とされてきた。
大阪大学の大久保教授(専門:光化学)の研究グループでは、2018年に除菌消臭剤の有効成分として知られている二酸化塩素とメタンガスを特殊な溶液(フルオラス溶媒※6)に溶かし紫外線を当てると、液体燃料のメタノールとギ酸に常温・常圧で変換する高難易度である反応を見いだした。2019年には大阪大学と興部町の間で2者連携協定を締結し、家畜ふん尿から生産されるバイオガスを液体燃料に変換する技術開発を共同で推進し、1年間の研究開発を経て、バイオ由来のメタノールとギ酸を得ることに世界で初めて成功した。
4者共同研究契約の内容
この技術を用いた事業化に向けて、エネルギー地産地消型小型乾式バイオガスプラントの開発に成功するなど、豊富なバイオガスコンサル・プラントの設計・施工実績を有するエア・ウォーター北海道が、光化学パイロットプラントの設計およびシステムの最適化の研究テーマに取り組む。岩田地崎建設は、北海道内のバイオガスプラントの上屋設計および建設、研究開発の実績を生かし、反応へ与える環境条件を考慮したパイロットプラントの上屋設計に関する研究テーマに取り組む。
興部町、大阪大学の間で2019年6月に締結した2者連携協定に、民間会社2社が参画し産官学4者の強力な連携のもと、早期の事業化・実用化を目指す。4者共同研究では、興部町内の興部北興バイオガスプラントを研究フィールドとしてバイオガスから液体燃料を製造するシステムの構築を目指す。
本技術開発が成功すると、メタノールを燃料としたプラントの自立運転が可能となり、FITに頼らないバイオガスプラントの運営が実現し、酪農由来のバイオマスの適切な処理につながる。余剰となったメタノールは外部販売でき、国内自給率ゼロだったメタノールの国内生産を可能にする。興部町では、町内のEVステーションの設置、メタノール由来電気の公用車、バス、農業関係車両等へ供給する構想があり、地産地消可能なメタノールエネルギーの利活用を強力に進める。
一方、ギ酸は良質な飼料用サイレージ※7を製造するための添加剤として広く使用されており、酪農地域で広域に利用できる有用な物質です。また、ギ酸は水素を効率よく貯蔵・輸送できる「水素キャリア」として利用が急速に進みつつあり、将来的に水素製造原料として広く利用することが期待される。
本技術を興部町全体に普及した場合には、メタノール1,100トン/年、ギ酸5,300トン/年、水素210万N㎥/年が製造でき、これらにより町内公共施設、水産加工施設のエネルギーの全量、乳業工場の65%のエネルギー、町内でサイレージ添加剤として使用しているギ酸の全量を代替することができる。
本技術を導入した場合の興部町全体の温室効果ガス削減量は26,000トン-CO2等量にも上り、経済効果は35億円に達すると推算される。本技術開発後は、2030年度以降の実用化を見据える。本格的な研究開発を継続し、エネルギーの地産地消を基本とした「カーボンニュートラル循環型酪農システム」の確立により全国展開を目指す。
SDGsへの取り組み
当研究グループは、国連サミットで採択された2030年までの持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた取り組みを進めている。 本技術開発の取り組みは、下記の開発目標に該当する。
7 :エネルギーをみんなに そしてクリーンに
9 :産業と技術革新の基盤をつくろう
11:住み続けられるまちづくりを
12:つくる責任 つかう責任
13:気候変動に具体的な対策を
14:海の豊かさを守ろう
15:陸の豊かさも守ろう
17:パートナーシップで目標を達成しよう
参考
【本技術を活用した興部町のまちづくり】
北海道興部町は、2013年度にバイオマス産業都市※8に認定されて以降、バイオマスを活用した持続可能なまちづくりに関する取組みを進めており、下水汚泥等のバイオマスの有効活用、興部北興BGPによるエネルギー生産、興部町を中心とした北オホーツク地域6市町村で取り組む北オホーツク地域循環共生圏※9の構築など様々な取組みを行っている。
本技術の実証により、バイオガスの売電以外の活用方法が見いだされ、バイオガスプラント(図4)の普及に大きく貢献するとともに、基幹産業の酪農業の基盤整備に寄与する。また、生産されるメタノールは常温常圧下において液体であることから、運搬に適しており、バイオガスプラントの自身の熱源(電気、温水)として利用するほか、町内のEVステーション、公共施設の燃料電池に供給し、生成した電気を公用車、原料運搬車両、消化液運搬車両、牛乳収集車両や施設稼働のための電源として用いる(図3)。また、重油代替燃料としてのメタノールの活用は温室効果ガス排出削減に大きく貢献すると考えられるため、工場等での活用も検討する。
【興部北興バイオガスプラントについて】
北海道興部町は、北海道オホーツク海側に面する人口約3,700人の農業・漁業を基幹産業とする町。特に農業については、冷涼な気候であることから酪農専業であり規模拡大や近代的な設備導入により生乳生産量で約5万トンを誇る。生乳生産の拡大には、良質な飼料生産と適切なふん尿処理が必要であり、それを実現するためにバイオガスプラントの導入を町として進めてきており、様々な技術を実証するプラントとして町営の興部北興バイオガスプラント(以下、「興部北興BGP」という)を建設・運営している。
興部北興BGPでは、家畜ふん尿の処理の他、町内で発生する下水汚泥・生ごみ・食品加工残渣の受入を行い、バイオマス資源の有効活用を行っている。また、メタン発酵により発生するバイオガスについてはバイオガス発電を行い、固定価格買取制度(FIT)を活用して売電している。
本文中の注釈の解説
※4 固定価格買取制度(FIT)
「固定価格買取制度」とは、再生可能エネルギー(太陽光・風力・水力・地熱・バイオマス)で発電した電気を、電力会社が一定価格で一定期間買い取ることを国が約束する制度をいう。高コストである再生可能エネルギー設備の普及を進めるため、2012年に開始した制度であり、この制度の後押しにより売電収入を基にした北海道内のバイオガスプラント普及が進んだ。
※5 メタン
天然ガスの主成分。最近日本近海に大量のメタンハイドレートが存在することが判明し、その掘削技術の開発が政府主導で進められている。バイオマスの嫌気性発酵でも得ることができる。
※6 フルオラス溶媒
炭素とフッ素原子のみから構成される溶媒。ガスの溶解度が非常に高く、分解しにくいことから、ガスを用いた化学反応には最適な溶媒である。電子機器の洗浄などにも使用されている。
※7 サイレージ
家畜用飼料の一種で、飼料作物をサイロ(silo)などで発酵させたもの。一般には、青刈りした牧草を発酵させたもの(牧草サイレージ)をいう。それ以外の場合には、サイレージの前に穀物名を付けて呼ぶこともある。
※8 バイオマス産業都市
バイオマス産業都市とは、地域に存在するバイオマスを原料に、収集・運搬、製造、利用までの経済性が確保された一貫システムを構築し、地域のバイオマスを活用した産業創出と地域循環型のエネルギーの強化により地域の特色を活かしたバイオマス産業を軸とした環境にやさしく災害に強いまち、むらづくりを目指す地域をいう。2013年度から、関係7府省(内閣府、総務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省)により共同で選定を行い、興部町は2013年度第2次選定で認定された。
※9 北オホーツク地域循環共生圏
「地域循環共生圏」とは、各地域が美しい自然景観等の地域資源を最大限活用しながら自立・分散型の社会を形成しつつ、地域の特性に応じて資源を補完し支え合うことにより、地域の活力が最大限に発揮されることを目指す、2018年4月に閣議決定された第5次環境基本計画で提唱された考え方をいう。興部町は2019年に周辺5市町村(雄武町・西興部村・紋別市・滝上町・湧別町)と北オホーツク地域循環共生圏構築協議会を設立し、本地域に存在する豊かなバイオマスを活用した北オホーツク地域循環共生圏構築に向けた取組みを進めている。