東京農工大、気相成長(株)、大陽日酸が共同でβ型酸化ガリウム結晶の有機金属気相成長に成功
次世代パワーデバイスによる脱炭素社会実現を加速
国立大学法人東京農工大学(学長:千葉 一裕)大学院工学研究院応用化学部門の熊谷 義直教授、後藤健助教らは、気相成長(株)の町田 英明博士(代表取締役)、石川 真人博士、および大陽日酸 イノベーションユニット CSE 事業部の池永 和正氏らと共同で、高い省エネ効果を有する次世代パワーデバイス用半導体材料として注目されている β 型酸化ガリウム(β-Ga2O3)結晶注1が有機金属気相成長(MOVPE)法注2で成長する化学反応メカニズムを世界で初めて解明し、見出された最適成長条件で高純度の β-Ga2O3結晶の MOVPE 成長を実証した。MOVPE 法による β-Ga2O3デバイス量産装置の開発に繋がる成果であり、脱炭素社会に向けた β-Ga2O3 パワーデバイスの実用化が期待できる。
脱炭素社会に向けた政策が先進国を中心に推進される中で、再生可能エネルギーやパワーグリッド(送配電網)向けの省エネルギー素子(パワーデバイス)の研究開発が進んでいる。現在、市場投入されているパワーデバイス材料はシリコン(ケイ素)結晶が主流だが、材料の物性限界に迫っているためこれ以上の省エネ効果を見込むことができない。このため、シリコン結晶よりも材料特性が優れ、デバイス動作時に電力損失がより小さくなる半導体材料が求められている。
その候補の一つとして β 型酸化ガリウム(β-Ga2O3)結晶が注目されている。パワーデバイス用途において、電力損失がシリコン結晶に対し何分の一になるかを定量化した「バリガ性能指数注3」の比較から、β-Ga2O3 結晶を用いることで損失が約 3000 分の一になり、省エネ効果の飛躍的な向上が見込まれている。また、基板(ウェーハ)製造コストを従来のシリコン結晶程度に下げられる可能性があることから産業展開への期待が大きく、産官学による研究開発が世界中で進んでいる。
東京農工大学の熊谷研究室では、気相中の化学反応を利用した、様々な半導体結晶の成長を研究している。最近では、高い省エネ効果が期待できる β-Ga2O3 に着目し、ハライド気相成長(HVPE)法注4による β-Ga2O3 結晶成長の反応解析と成長実証を通し、高純度結晶の高速成長技術を確立した。現在市場に供給されている β-Ga2O3 ホモエピタキシャルウェーハ注5は、東京農工大学が保有する HVPE 法の知財を基に開発された製造装置を使用して量産されている。
一方、HVPE 法は半導体結晶の高速成長が可能だが、複雑なデバイス構造作製への対応に限界があるため、有機金属気相成長(MOVPE)法を用いた β-Ga2O3 結晶成長の研究開発も望まれていた。しかし、β-Ga2O3 結晶の原料となる有機金属化合物ガスと酸素ガスの化学反応は制御することが極めて困難で、炭素不純物の混入も不可避とされ、積極的な研究開発は行われていなかった。
こうした状況において、欧米のいくつかの研究機関が β-Ga2O3 結晶のMOVPE 成長を報告したことを受け、熊谷研究室では、化学気相成長用原料の開発と成膜評価を事業とする気相成長(株)および国内最大の MOVPE 装置メーカーである大陽日酸と共に、有機金属化合物ガスと酸素ガスの反応メカニズム解明、β-Ga2O3 結晶成長に適した化学反応条件の探査に着手し、今回、困難とされてきた β-Ga2O3 の MOVPE 成長に成功した。
本研究の一部は科学研究費補助金・新学術領域研究(16H06417)の支援を受けて実施された。
低圧下における有機金属化合物のトリエチルガリウム(TEG)ガスと酸素(O2)ガスを原料とした β-Ga2O3 結晶生成過程に関与する化学反応群を詳細に解析した結果、TEG に由来する水素(H2)および炭化水素と O2との燃焼反応に続きガリウムの燃焼反応が起こり β-Ga2O3が成長することが分かった。また、高温で十分な O2 を供給することで炭素が完全燃焼し、炭素の混入が抑えられた高純度な β-Ga2O3 結晶が得られることを突き止めた。
これらを検証するため、TEG と O2 の各原料ガス供給系を有する減圧 MOVPE 装置を構築し(図)、解明された反応メカニズムに基づき選定された反応条件を用いて成長実験を行った。その結果、成長反応温度 900℃において成長速度 1.4 μm 毎時で高純度な β-Ga2O3 結晶の成長に成功した。
化学反応メカニズム解明により、高品質な β-Ga2O3 の MOVPE 成長が可能となる本成果をデバイス製造用の MOVPE 装置開発に展開し、これまでの HVPE 法では不可能であった複雑な構造の作製が可能となる。これにより、デバイス研究開発が活発化し、結果として高い省エネ効果を有するβ-Ga2O3 パワーデバイスの実用化により脱炭素社会の実現に向け加速することが期待される。
大陽日酸 イノベーションユニット CSE 事業部(事業部長:新井 孝幸)は、本技術を基にまずは R&D機を開発し、その後は生産性を加味した少量生産用機、さらに大型量産機への展開を計画している。
用語解説
- 注1)β 型酸化ガリウム(β-Ga2O3):ガリウム(Ga)原子と酸素(O)原子が 2 : 3 の化学量論比で結合した酸化物半導体結晶。そのバンドギャップは約 4.5 eV であり、Si(1.1 eV)、4H-SiC(3.3 eV)および GaN(3.4 eV)よりも大きい。
- 注2)有機金属気相成長(Metalorganic Vapor Phase Epitaxy:MOVPE)法:有機金属化合物ガスを原料に用いる結晶成長方法。1 原子層精度で膜厚を制御することが可能で、ナノメートルオーダー(1 ナノメートルは 10 億分の 1 メートル)の構造設計が要求される化合物半導体デバイス作製手法として広く用いられている。窒化物半導体の発光素子や高速動作トランジスタ作製では多用されているが、酸化物結晶成長では有機金属化合物と酸素の反応性の高さから検討されてこなかった。
- 注3)バリガ性能指数(Baliga’s Figure of Merit):半導体材料をパワーデバイスに用いた時の電力損失を Si に対して算出したもの。算出には半導体材料の物性値が用いられ、数値が大きいほど損失が少ないことを表す。
- 注4)ハライド気相成長(Halide Vapor Phase Epitaxy:HVPE)法:金属の塩化物ガスを原料に用いる結晶成長方法。高純度結晶の高速成長が可能な反面、ナノメートルオーダーの膜厚制御は難しいため、厚膜単層構造からなる縦型デバイス作製用のホモエピタキシャルウェーハの製造方法として広く用いられている。
- 注5)ホモエピタキシャルウェーハ:単結晶基板(ウェーハ)上に導電率の異なる同種の結晶を基板と軸を揃えて成長(ホモエピタキシャル成長)したウェーハ。デバイス設計に応じた導電率と膜厚コントロールが要求される。