大陽日酸が提供する「酸素-18 安定同位体標識水(Water‐18O)」を利用した研究成果、米国科学誌「Science」に掲載

「環境とライフスタイルに関連したヒトの身体における水の代謝回転量の変動」

 大陽日酸が長年協力してした国際プロジェクト(IAEA Doubly Labelled Water Database)の研究成果が、米国科学振興協会で発行する科学誌「Science」に掲載された(2022 年 11 月 25 日版)。

  • 【題名】Variation in human water turnover associated with environmental and lifestyle factors(環境とライフスタイルに関連したヒトの身体における水の代謝回転量の変動)
  • 【掲載誌】 Science
  • 【掲載日】 2022 年 11 月 25 日
  • 【DOI】 DOI: 10.1126/science.abm8668

 なお、本研究は、2021 年 8 月 13 日に Science 誌に掲載された論文『Daily energy expenditure through the human life course』(ヒトの加齢に伴う 1 日あたりのエネルギー消費量*1の変化)(著者:Pontzer H, Yamada Y, Sagayama H et al.)で用いられた国際二重標識水法データベースを活用した研究成果の続報となる。

(2021 年 8 月 20 日発表の大陽日酸リリース:『安定同位体を利用した研究成果「ヒトの加齢に伴う1 日あたりのエネルギー消費量 の変化」の米国科学誌「Science」掲載のお知らせ』)

研究の背景

 ヒトの生命維持、体温調節、血液循環、身体活動には、水分が常に必要で、ヒトの体にどれだけの水分が含まれているか(体水分量)はかねてより分かっていたが、ヒトの体にどれだけの水分が出入りしているか(水の代謝回転)については、正確に把握することは困難だった。

 そのような中、2014 年に国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(大阪府茨木市、中村祐輔理事長)と大陽日酸で共同開催した国際ワークショップおよび Water‐18O*2)製造プラント見学会を契機に、世界の研究者が協力し、ヒトの体水分量や総エネルギー消費量測定のゴールドスタンダードである二重標識水法*3)の測定値を一つのデータベースにまとめる国際プロジェクトが開始された(chair: Professor John Speakman, University of Aberdeen/中国科学院)。

 今回、医薬基盤・健康・栄養研究所身体活動研究部の山田陽介室長(博士)らは、世界の研究機関の研究者と共同で、23 カ国に住む生後 8日の乳児から 96 歳の高齢者までの男女計 5604名について安定同位体を用いた調査を行い、ヒトの体の水の代謝回転量の変動要因について調
査し、1 日に失う水分量を予測する式を世界で初めて明らかにした。

 今回の研究により、平均的な場合、乳児で体水分量の約 25%にあたる水分が、また、成人でも体水分量の約 10%にあたる水分がたったの1 日で体外に失われることがわかった。水の代謝回転量はこのように非常に速いことから、ヒトは水分が 3 日補給されないだけで生存が危うくなる。また、高温・多湿な環境や高地等の地理的環境、また、アスリート、妊産婦、筋肉量の多い人、身体活動レベルの高い人等、様々な要因が水の代謝回転量に影響を及ぼしていることが明らかになった。

 本研究成果*4)については、医薬基盤・健康・栄養研究所、早稲田大学、京都先端科学大学、筑波大学の合同プレスリリース(2022 年 11 月 25 日)を参照。
(2022 年 11 月 25 日発表の合同プレスリリース:『ヒトの体の水の代謝回転量を予測する式を世界で初めて発明 ~23 カ国 5604 人を対象とした国際共同調査の結果から~』)

大陽日酸の役割

 当プロジェクトにおいて、大陽日酸は二重標識水法に必要とされる重水および酸素-18 安定同位体標識水(Water‐18O)の提供、血液、尿、唾液といった生体サンプル中の安定同位体分析支援をしてきた。加えて、同手法を用いた安定同位体分析に関する講演、ワークショップなど、当プロジェクトの推進支援も国内外で行っている。

今後の展開

 本研究の成果より、多様な環境下での脱水や熱中症の予防、さらには脱水に伴う腎臓や心臓の障害などの予防のために必要な水分摂取量の目安を明らかにできることが期待される。さらに、国連によると、世界人口の約 3 分の1が、家庭で安全な飲料水が不足している状態にあると推測され、特に発展途上国において水不足の問題は顕著である中、本研究で得られた予測式は、各国における災害や有事の際の飲料水や食糧の確保の戦略立案や、世界における人口増加や気候の変動による水不足の予測モデル構築に役立つものと考えられる。

 大陽日酸では、安定同位体の製造・分析技術を通じて、多岐にわたる分野で抱える様々な課題に対する革新的なソリューションの提供を継続し、人と社会と地球の心地よい未来の実現をめざす。

【用語解説】

※1 総エネルギー消費量

 1 日に消費するエネルギー量(単位:kcal または MJ)をいい、基礎代謝(BMR)、食事誘発性体熱産生(DIT)、身体活動によるエネルギー消費量(AEE)から構成される。

※2 大陽日酸の「酸素-18 安定同位体標識水(Water18O)」

 水分子は、水素原子 2 個と酸素原子 1 個が結合しているが、「酸素-18 安定同位体標識水(Water‐18O)」は、酸素原子が一般的な質量数 16 の酸素原子ではなく、同位体である質量数 18の酸素原子である水のことを指す。
 空気中の酸素には質量数が 16、17、18 の三種類の同位体が存在し、その割合(酸素原子比率)は、99.76%、0.04%、0.2%となる。それぞれの同位体は物理化学的性質がほとんど同じであるために濃縮・分離するのは極めて困難だが、大陽日酸では、酸素(O2)深冷分離技術による酸素-18濃縮法を開発し、98atom%以上と世界最高濃縮度の「Water‐18O」を 2004 年から製造を開始し、世界中の顧客へ高品質な製品を安定供給している。

※3 二重標識水法

 天然にも微量に存在する水素と酸素の安定同位体(放射能を持たない分子)で標識された二重標識水(DLW:Doubly Labeled Water)を経口投与し、血液、尿、唾液といった生体サンプル中の安定同位体の上昇率とその後の減衰率を求める方法。水素と酸素の安定同位体の減衰率の差分から、正確な体水分量と呼気中に含まれる CO2排出率が算出でき、CO2排出率から 1 日当たりの総エネルギー消費量が推定できる。

二重標識水法
医薬基盤・健康・栄養研究所の山田陽介博士提供のイメージ図

※4 合同プレスリリース

 本研究成果については、医薬基盤・健康・栄養研究所、早稲田大学、京都先端科学大学、筑波大学の合同プレスリリースに基づく。