大陽日酸と東京農工大学、高純度β型酸化ガリウム結晶の高速成長を有機金属気相成長法で達成
β型酸化ガリウムパワーデバイス量産技術の実用化に期待
国立大学法人東京農工大学(学長:千葉一裕)大学院工学研究院応用化学部門の熊谷義直教授、後藤健助教ら、および同大学未来価値創造研究教育特区の佐々木捷悟特任助教らは、大陽日酸イノベーションユニット CSE 事業部の吉永純也氏、朴冠錫氏、池永和正博士および、大陽日酸CSE 株式会社(代表取締役社長:相田孝)フェローの伴雄三郎博士らと共同で、電力制御・変換の高効率化に必須な次世代パワーデバイス用半導体結晶として注目されている β 型酸化ガリウム(β-Ga2O3)結晶注1の高純度結晶の高速成長をこれまで困難とされてきた有機金属気相成長(MOVPE)法注2 で達成した。
独自の結晶成長炉内の反応解析結果に基づき、不純物である炭素の混入が無い高純度な β-Ga2O3 を高速で成長できることを実証した。この成果により、今後、省エネ社会実現に向けた β-Ga2O3 パワーデバイスの量産技術の実用化が期待される。
本研究成果は、英文学術誌 Applied Physics Express (略称 APEX)誌に 9 月 28 日付でオンライン公開される。
論文タイトル:High-speed growth of thick high-purity β-Ga2O3 layers by low-pressure hot-wall metalorganic vapor phase epitaxy URL:https://doi.org/10.35848/1882-0786/acf8ae
エネルギー変換時のロスを抑制し、省エネを推進するため、材料の有する物性限界に達しつつあるシリコン(Si)結晶に代わり、ワイドギャップ半導体結晶を用いた高耐圧・低損失なパワーデバイス(ダイオードやトランジスタ等)を実現する研究が世界的に注目されている。β-Ga2O3結晶は研究が進んでいる炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)結晶よりもバンドギャップが大きく、デバイス実現により更なる電力損失低減が見込まれる(Si デバイスに比して約 3000 分の 1)。また、融液から単結晶ウェハを量産可能という特徴から、デバイス製造コストを大幅に下げられ、産業展開への期待から世界中で産官学による研究開発が進んでいる。
東京農工大学の熊谷研究室では、気相中の化学反応を用いて様々な半導体結晶の成長技術を実用化してきた。β-Ga2O3 パワーデバイス量産には、単結晶 β-Ga2O3 ウェハ上に導電性が制御されたホモエピタキシャル β-Ga2O3膜が成長されたホモエピタキシャルウェハ注3の調達が必須となる。熊谷研究室では既に、ハライド気相成長(HVPE)法注4 による高純度 β-Ga2O3 の高速成長技術を確立しており、この知財を基にホモエピタキシャルウェハが市場に供給されている。
一方、HVPE 法には複雑なデバイス構造形成に対応できないといった問題があった。そこで、複雑なデバイス構造作製に秀で、既に砒化ガリウム(GaAs)や GaN 系デバイスの量産で多用されている有機金属気相成長(MOVPE)法を β-Ga2O3 成長に適用し、技術を確立することで産業展開を進めることへの期待が高まっていた。
熊谷研究室では、国内最大の MOVPE 装置メーカーである大陽日酸、大陽日酸 CSEとの共同研究により、ガリウムの有機金属化合物と酸素(O2)ガスの反応メカニズム解明、βGa2O3 結晶成長条件の探索を行ってきた。その結果、有機金属由来の炭素と水素が完全燃焼し二酸化炭素と水になる条件下において炭素と水素汚染の無い高純度な β-Ga2O3 が MOVPE 成長できることを解明した。
その成果を基に今回、最大 2 インチ径ウェハ 1 枚がフェースダウン配置される減圧ホットウォール型 MOVPE 装置(FR2000-OX)を開発して東京農工大学に設置(図1)。ガリウムの有機金属化合物として蒸気圧が高く高速成長に適すると考えられたトリメチルガリウム(TMGa)を採用し、高純度 β-Ga2O3 結晶の高速成長を検討した。
なお、減圧ホットウォール型 MOVPE 装置開発・運用は総務省の「ICT 重点技術の研究開発プロジェクト(JPMI00316)」における「次世代省エネ型デバイス関連技術の開発・実証事業」の委託によって実施された。
TMGa と O2 の反応を熱力学的に解析すると共に、成長炉内に存在する分子種を飛行時間型質量分析器で解析することで、TMGa 由来の炭化水素が完全燃焼し、炭素と水素が不純物としてβ-Ga2O3 成長膜に取り込まれない条件が解明された。TMGa に対する O2 供給量を大きくすることで完全燃焼が進み、2 インチ径のウェハ上に均一に β-Ga2O3 の成長が可能になった。炉内圧力 2.4~3.4 kPa(キロパスカル,大気圧は 101 kPa)の範囲でのみ一定の成長速度が得られ、かつ、炭素汚染が抑制された。他の不純物である水素(H)、窒素(N)、Siも検出されず、今後、意図的な不純物ドーピングによる導電性制御を行うための基礎が確立した。
以上の結果を基に、β-Ga2O3(010)ウェハ上に成長温度 1000℃、炉内圧力 2.4 kPa、酸素供給分圧 570 Pa において TMGa 供給量を 34~550 μmol/min(マイクロモル毎分)で変化させたところ、成長速度は 0.9 から 16.2 μm/h(ミクロン毎時)まで増速し、HVPE 法に匹敵する高速成長が達成された。16.2 μm/h で1 時間成長したホモエピタキシャル厚膜は用いたウェハと同等の構造品質を有しており、表面平坦性も優れていることを確認した。
ガリウムの有機金属化合物と酸素の激しい反応性、炭素および水素不純物汚染に対する懸念からこれまでほとんど検討されることのなかったMOVPE 法による高純度 β-Ga2O3 厚膜の高速成長が実現し、今回稼働させた MOVPE 装置は最大 2 インチ径のウェハに対応しており、デバイス研究開発のためのホモエピタキシャルウェハの高スループット供給が可能となった。
これにより本分野の研究が活発化することが期待され、今後、意図的な不純物ドーピング、β-(AlxGa1-x)2O3 混晶成長技術の検討を進め、β-Ga2O3 パワーデバイスの実用化が期待される。
大陽日酸イノベーションユニット CSE 事業部(事業部長:新井孝幸)では、開発された 2 インチ径ウェハ 1 枚に対応した FR2000-OX を基に、ホモエピタキシャルウェハの少量生産用機、さらには大規模量産機への展開を計画している。
注1)β 型酸化ガリウム(β-Ga2O3)結晶。ガリウム(Ga)原子と酸素(O)原子が 2:3 の化学量論比で結合した酸化物半導体結晶。バンドギャップは約 4.5 eV(電子ボルト)であり、Si(1.1 eV)、4H-SiC(3.3 eV)、GaN(3.4 eV)よりも大きく、大きな絶縁破壊電界強度(8 MV/cm)を有している。
注2)有機金属気相成長(Metalorganic Vapor Phase Epitaxy : MOVPE)法。金属元素の有機金属化合物ガスを原料に用いる結晶成長手法。1 原子層精度で膜厚を制御することが可能で、ナノメートル*単位で構造設計が要求される窒化物半導体発光素子や砒化物・窒化物高速動作トランジスタの作製で広く用いられている。一方、酸化物結晶成長では有機金属化合物由来の炭素および水素による成長膜の汚染への懸念から検討されてこなかった。*1 ナノメートルは 10 億分の 1 メートル。
注3)ホモエピタキシャルウェハ。単結晶基板(ウェハ)上に導電率の異なる同種の結晶を基板と軸を揃え成長(ホモエピタキシャル成長)したウェハ。デバイス設計に応じたホモエピタキシャル膜の厚さと導電率制御が求められる。
注4)ハライド気相成長(Halide Vapor Phase Epitaxy: HVPE)法。金属元素の塩化物ガスを原料に用いる結晶成長手法。高純度結晶の高速成長が可能な反面、ナノメートル単位の膜厚制御は難しい。現在、単膜構造からなる縦型パワーデバイス作製用のホモエピタキシャルウェハ(膜厚約 10 ミクロン)の製造方法として採用されている。