EV、人工知能、Micro-LED、宇宙向け太陽電池の市場で「化合物半導体製造装置によるエレクトロニクスへの貢献」
大陽日酸イノベーションユニット“未来への挑戦”【CSE事業部】
大陽日酸はMOCVD装置と呼ばれる化合物半導体製造装置を、(旧)日本酸素時代の1983年に初めて自社開発し、国内の青色LED研究開発に重要な役割を果たすなど、40年以上にわたって技術の蓄積を継続してきた。化合物半導体(Compound Semiconductor)とは、一般的な半導体製造に使用される単元素のシリコン(Si)半導体に対し、炭化ケイ素(SiC)やガリウム砒素(GaAs)、窒化ガリウム(GaN)、酸化ガリウム(Ga2O3)など複数の元素から構成される半導体のことで、シリコン半導体と比較して高速動作、高い耐熱性、低消費電力、発光機能などの優れた特性を持つ。現在ではMicro-LEDなどの光デバイスや、EV(電気自動車)やAI向けデータセンターなどパワーエレクトロニクス市場での成長が期待されている。
化合物半導体製造では、原料に有機金属やガスを用いながら基板上に半導体の成膜を行う。この方法による製造装置を開発する大陽日酸CSE(Compound Semiconductor Equipment)事業部の川元 淳 事業部長は「ガスを用いる化学反応によって、化合物の半導体をウエハー上に成膜していく装置、これが我々の事業部が取り扱うMOCVD(Metal Organic Chemical Vapor Deposition)装置とHVPE(Hydride Vapor Phase Epitaxy)装置になる。大陽日酸全体では、エレクトロニクス産業に対し高純度ガスにはじまり、特殊材料ガスや配管工事、シリンダーキャビネット、排ガス処理装置などの様々な製品を供給している。CSE事業部でも化合物半導体製造装置の開発を通じ、今後さらに成長が期待される、窒化ガリウムや酸化ガリウムの化合物半導体市場で“未来への挑戦”を行い、エレクトロニクス産業へ貢献する」と説明する。

化合物半導体のアプリケーションと市場予測
一般的に化合物半導体は、パワー半導体と光半導体の2つに大別される。ここでいうパワーとは電力を意味し、パワー半導体は産業機器や鉄道、EVなどの高い電圧や電流を取り扱う分野や、無線通信における高周波を扱えるデバイスとして採用されている。一方の光半導体は、光を受けてエネルギーに変換する太陽電池や、エネルギーを光(波)に変換するLDやLED、センサーなどに利用される。
どちらの化合物半導体も採用される材料によって、電子が価電子帯から伝導帯に移動するために必要なエネルギーの量である「バンドギャップ」や、デバイスに電圧をかけた時にどれだけ壊れやすいかを示す「絶縁破壊電界」、電子の流れる速度を表す「飽和ドリフト速度」、どれだけ早く放熱できるかの指標「熱伝導率」などの特性が異なる。このため、ターゲットとなる耐電圧や耐電流、高周波数、波長に応じて、ガリウム砒素や炭化ケイ素、窒化ガリウム、酸化ガリウムなどの化合物半導体が選定されることになる。
今後、次世代の大容量通信やワイヤレス充電、高電圧・高電流が必要なパワーエレクトロニクスの需要が増加するにつれて、化合物半導体の成長が期待されており、市場の予測では2023年から2029年までの年平均成長率は17%、その製造を担うMOCVD装置の売上高も2029年に約1200億円と高い伸びが見込まれている。
日本、アメリカ、欧州で積極的な事業展開
大陽日酸の主力となるMOCVD装置には、量産向け大型機の「URシリーズ」と、大学研究機関や試作向けの中型機「SRシリーズ」の2タイプがある。最新鋭の高い生産性を謳う「UR26KCCD」は、従来機に比べスループットが2倍以上に向上した窒化ガリウム(GaN)系の量産型MOCVD装置で、「基板自動搬送システム」と「一体型ドライ洗浄システム」の2つの機構が搭載された。装置内の基板の受け渡しが全自動で行えるほか、炉内部品はシステム内の搬送ロボットによって別に備えられた洗浄チャンバーへ搬送され、洗浄工程を経て反応炉に戻される。このため、常にクリーンな部品を用いた成膜をすることができ、一連の流れにより洗浄工程中に成膜用チャンバーを停止することなく運用が可能になった。8インチのウエハーを6枚、もしくは6インチのウエハーを10枚、一度に成膜できる。
川元 CSE事業部長は「この2機種は一昨年ぐらいから、日本だけではなくアメリカ、ヨーロッパで実績をあげている。今年度もトータルで4台、アメリカとヨーロッパに出荷の準備を進めており、欧州では初めてとなる酸化ガリウムのMOCVD装置の導入も決定した。日本酸素ホールディングスの欧州事業会社であるNGE(Nippon Gases Europe)とも連携し、強いライバルが存在するヨーロッパでの成長に重点を置いて進めたい」としている。
化合物半導体事業の未来への挑戦
CSE事業部では、未来社会実現のための自然エネルギー活用や脱炭素社会、モビリティー革新、先端医療において、化合物半導体が果たす役割は極めて重要だとして、その化合物半導体を製造するための装置を開発する大陽日酸の“未来への挑戦”を3つ掲げている。
一つ目は「AI成長を欧州での成長の礎に」として、“Automotive Industry”と“Artificial Intelligence”の2つの「AI」分野をキーワードにCSE事業の成長を狙う。“Automotive Industry”のメインとなるEV(電気自動車)では、100種類以上のパワー半導体が必要とされ、その特性から窒化ガリウムや炭化ケイ素のデバイスが期待されている。EVの主力生産地となる欧州を主戦場とし、電気自動車向けのインバーターやコンバーター、自動運転用ライダー、ワイヤレス充電などで化合物半導体デバイスの需要増を見込む。また、人工知能の“Artificial Intelligence”では、AI向けデータセンターの増大でサーバーや冷却装置の消費電力が劇的に増加、効率的な電力変換ができるパワー半導体が不可欠となる。こちらも主力生産地として欧州をターゲットとする。
二つ目は「世界を変えるMicro-LEDに貢献」を挙げ、ウエハーにパーティクルが付着しにくい構造の製造装置を開発し、Micro-LEDチップの生産性と歩留りの向上に挑戦する。Micro-LEDは従来のLEDと比較して100分の1の大きさで、窒化ガリウムの活用によって液晶の100倍以上の輝度が可能とされている。これにより拡張現実と呼ばれるAR(Augmented Reality)の分野への応用が期待され、現在のゴーグル型から眼鏡型への転換で、スマートフォンを代替するような爆発的な普及の可能性も指摘されている。
三つ目の「宇宙向け太陽電池を支える技術開発」では、宇宙空間での高い効率と耐久性を持つ太陽電池の実現に向けて、産総研との共同開発によるHVPE装置で化合物半導体製造のソリューションを目指す。次期国際宇宙ステーションには民間企業の参画が予定され、宇宙空間での過酷な使用環境(温度・放射線)での太陽電池の材料として、化合物半導体は、シリコンやペロブスカイトに比べて優れている。また、衛星を利用した無線通信を実現する「スターリンク」など次世代通信プラットフォームとなる低軌道衛星の増加が予想され、こうした地上通信のインフラ分野でも、宇宙空間と同様の高効率で高耐久な太陽電池の需要が見込まれている。