金属3Dプリンターや半導体製造向け特殊材料、細胞成長因子合成など、最先端のオープンイノベーションでコア技術を活用
大陽日酸イノベーションユニット“未来への挑戦”【イノベーション事業部】
大陽日酸イノベーションユニットのイノベーション事業部が注力する分野「金属アディティブマニファクチャリング(金属AM)」や「先端半導体製造向け特殊材料」「バイオテクノロジー(細胞成長因子)」は、外部のパートナー企業の製品・技術と大陽日酸の独自技術との組み合わせによる新規事業開発の側面が強く、もともと自社開発製品から出発している「安定同位体」や「化合物半導体製造装置」の事業とは少し性格が異なる。よりオープンイノベーションな技術開発による社会課題解決への取組みと位置付けられ、カバーする領域も広範囲で、他の事業部とクロスオーバーする部分も多い。
万行大貴イノベーション事業部長は「我々は産業ガスの製造が祖業となるので、新規事業といっても一足飛びにはなかなか難しいところもある。産業ガスをしっかり使えるというところと、既存のコア技術を活かせる分野で、今後高い成長率が見込める分野をマーケティングしている。その上で自分たちだけでゼロから作っていくと市場のスピードにマッチしないため、オープンイノベーションで連携する会社を探っていった」とイノベーション事業部について説明する。

金属3Dプリンタービジネスで国内No.1のインテグレーターを目指す
大陽日酸が金属AM事業へ進出した理由については、「金属加工のスペシャリスト」「産業ガスの信頼と実績」「先進製品の独占販売権」の3つを挙げる。まず、大陽日酸は金属3Dプリンターの基本原理である溶接に加え、熱処理も含めた金属加工に豊富なノウハウがあり、山梨ソリューションセンターにはこの分野のスペシャリストも多数在籍している。そして、金属AMに不可欠なシールドガス(窒素やアルゴンなど)を供給する高純度ガスの発生装置やガス循環精製装置など、産業ガスメーカーならではのコア技術を活用したソリューションをワンストップで供給できる。また、大陽日酸はいち早く欧米の金属3Dプリンターメーカーとの協業を進め、独自の金属AM技術を持つ「Additec」や「Velo3D」をはじめとした、海外の先進製品の国内独占販売権を持っている。これにより、それぞれ加工環境が異なる顧客課題の解決に、最適な方式の金属3Dプリンターを提供することが可能だとしている。
金属3Dプリンターのタイプにより、得意とする造形物はそれぞれ異なるが、注力する分野として宇宙分野や防衛・半導体分野での導入が進んでいる。PBF方式と呼ぶ高解像度で複雑な造形が可能な金属3Dプリンターは、インターステラテクノロジズ向けのロケット部品など宇宙分野の最先端部品製造に採用された。また、金属ワイヤー素材を汎用的な溶接技術のアークで金属造形するWAAM方式では、JAXAが清水建設に委託した宇宙戦略基金事業で、大型液体推進薬のアルミタンク造形に使用され、高速造形による低コストかつ、高品質な金属3Dプリンティングに取り組む。また、WAAM方式のアークをレーザーに置き換えたL-WAM方式もあり、防衛産業や半導体分野など高精細と高速度を両立する特殊合金の造形にも広がりを見せている。
金属AM事業では、金属3Dプリンター・ガス関連機器の装置や、高圧ガスや金属パウダー・ワイヤーなどの消耗品、ガス配管や保安設備などオーペレーション、造形サービスや品質保証などのノウハウ、といった金属AM技術の全てをトータルで提供する大陽日酸の「3D‐Pro™」ブランドを推進することで、国内No.1の技術インテグレーターとしてAM事業の拡大を目指す。
最先端半導体プロセスに分子レベルで新材料を開発
イノベーション事業部の“未来への挑戦”の2つ目は、先端半導体製造向け特殊材料の開発による世界で唯一無二のニッチベスト商品の展開になる。半導体製造のプロセスでは、超高純度の窒素ガスや様々な種類の電子材料ガスが使用されているが、近年、先端半導体デバイスの3次元化・微細化への要求から、プロセスを全体的に低温化して構造を保つことが重要になっており、新たな窒化源・酸化源として質量数の違う安定同位体ガスや反応性の高いガスが求められていた。
大陽日酸では、こうしたニーズに応えるための特殊材料として、分子間の結合エネルギーを変えつつ、安全なガスのデザインを開発することで、同位体事業の技術を利用した重水素化合物(重水素(D2)・重水素化アンモニウム(ND3))の受託合成サービスや、米国RASIRC社とのオープンイノベーションによるヒドラジン(N2H4)/過酸化水素(H2O2)の半導体グレードへの高純度化を進めている。
重水素化合物の受託合成サービスでは、アンモニア(NH3)の水素を重水素(D)で置換した、重水素化アンモニアの需要増に対応するため、2023年5月に国内で初めての量産体制となる製造プロセスを構築。長年にわたり築き上げた重水素の調達網と重水素化・精製技術(ND3国内製造)によって安定供給を実現した。
RASIRC社は大陽日酸のグループ会社で、同社の保有する高度な膜分離技術により、微細化が進む半導体製造プロセス向けに新材料および蒸気発生装置を提供している。2023年3月には、液体無水ヒドラジンと安定剤となるRASIRC社独自の有機溶媒を混合することによって安全性を向上させた液体材料ソース「BRUTEⓇ-Hydrazine」の販売を開始。同様に2025年1月には、2013年から半導体産業向けに販売している高濃度過酸化水素ガス供給装置「PeroxidizerⓇ」に比べて、より扱い易い過酸化水素供給ソースの「BRUTEⓇ Peroxide」の販売を国内で開始した。
最先端医療向け細胞成長因子事業
3つ目の“未来への挑戦”としては、無細胞タンパク質合成技術を応用した再生医療向け細胞成長因子事業が挙げられる。液体窒素利用のセルバンクシステムやフリーザ、全自動凍結解凍システムの細胞凍結技術と、培養向けガス技術や装置開発など、産業ガスを起点とする大陽日酸のコア技術のほか、理化学研究所が開発した高合成量の無細胞技術を大陽日酸が製品化した無細胞タンパク質合成技術、液体クロマトグラフィー事業パートナーのYMCとのオープンイノベーションが事業分野となる。
無細胞タンパク質合成とは、酵素や因子を含む細胞抽出液を基に試験管内でタンパク質を合成する技術で、多様な因子の添加や反応条件の変更・最適化、自動化が容易であることや、試験管サイズから大スケールでの合成も可能など、様々な特徴がある。この技術をキット化した「無細胞くん®」は、動物由来成分や遺伝子組換え“生物”を使わずに、無細胞合成の工程や設備を大幅に簡素化、細胞内タンパク質・分泌系タンパク質・膜タンパク質など、多様な種類のタンパク質が合成できる。
細胞培養による幹細胞の分化を促進するためには添加される成長因子がカギとなり、再生医療の創薬分野では急速に利用が拡大している。この成長因子は少量多品種での使用が求められるうえ、その多くは安定した品質や活性で生成が困難なタンパク質であり、合成には高度な技術が必要で高コストという課題があった。また、従来製法では、動物組織からの直接抽出や、遺伝子組換え生物を用いた培養技術で生産されているため、安全性やリスク管理での課題が指摘されている。
こうした課題解決に向けて、イノベーション事業部では、バイオ分野でのコア技術とタンパク質のクロマト精製技術を持つYMCとの協業により、無細胞合成の特徴を活かした成長因子の生成に取り組む。2025年4月からは、無細胞タンパク質合成技術を用いて製造した研究向けサイトカイン、細胞成長因子の製品化に成功。第一弾としてIL-1βとOncostatin Mの 2 種について受注を開始した。
万行事業部長は「我々の無細胞タンパク質合成法だと、従来の工程を1/3ぐらいに省けてコストも安くなる。また、その品質管理の方法も容易で、安全性も増す。我々はタンパク質を作るところを担当し、YMCは合成したタンパク質を精製する技術で品質を担保する。オープンイノベーションによりお互いの強みを活かし、再生医療の創薬分野向け「細胞成長因子事業」を創出する」としている。