神奈川大学で酸素ガス製造のための新規鉄酸化物(Ba5CaFe4O12)を発見

400℃以下で酸素を高速可逆に吸収放出する貯蔵材料、低材料コスト・低温駆動の酸素ガス製造を実現

 神奈川大学化学生命学部の小川哲志プロジェクト助教、田村紗也佳研究員(研究当時)、齋藤美和教務技術職員、本橋輝樹教授らの研究グループは、新規鉄酸化物 Ba5CaFe4O12 を創製・発見した。この酸化物が未知の 5 重ペロブスカイト※1型構造(図 1)を有することを明らかにし、400℃以下で優れた酸素吸収放出特性を示す酸素貯蔵材料であることを見出した。

 Ba5CaFe4O12 は化学ループ空気分離 (CLAS: chemical looping air separation) による酸素ガス製造のための有力材料であり、酸素ガス製造のコスト削減とエネルギー効率の向上に大きく貢献するとしている。

新規鉄酸化物 Ba5CaFe4O12(左)と単純ペロブスカイト構造(右)の結晶構造
図 1. 新規鉄酸化物 Ba5CaFe4O12(左)と単純ペロブスカイト構造(右)の結晶構造。各図内右上の黒線は単位格子を表す。赤丸は酸素。Ba5CaFe4O12は Fe の周りに酸素欠損が秩序的に配列しており、この欠損部位に酸素が取り込まれる。

※1) ペロブスカイト:CaTiO3 の組成をもつ鉱物。この鉱物と類似した結晶構造を有する化合物群は、化学組成の柔軟性の高さからさまざまな機能性材料として古くから研究されている。近年では有機分子イオンと金属イオンを含む「有機無機ハイブリッドペロブスカイト」が次世代太陽電池として注目されている。

 産業界でもっとも重要な工業原料のひとつである酸素ガスは、莫大な電力を使って大気を液化温度まで冷却して分離する「深冷分離法」によって主に製造されている。この手法は純度の高い酸素ガスを大規模に製造できる一方で、製造時のエネルギー効率の低さが問題となる。

 CLAS は高純度の酸素ガスを大規模で製造する可能性を秘めているものの、エネルギー効率は酸素貯蔵材料の動作温度に依存するため、従来材料では動作温度の高さからエネルギー効率の向上が困難であった。本研究で見出した新規酸素貯蔵材料 Ba5CaFe4O12 は、資源的に豊富な元素のみで構成されており材料コストを低減できるだけでなく、未利用の排熱による CLAS の駆動が見込めるため、安価な酸素ガス製造を実現する可能性がある。

 本研究に関する論文は米国化学会 (ACS) 発行の Journal of the American Chemical Society ※2に掲載された。

New triclinic perovskite-type oxide Ba5CaFe4O12 for low-temperature operated chemical looping air separation
(参考訳:低温駆動の化学ループ空気分離に向けた新規三斜晶系ペロブスカイト型酸化物 Ba5CaFe4O12)
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.3c08691

※2) Journal of the American Chemical Society:米国化学会 (American Chemical Society, ACS) が発行。化学全般のトピックを扱う査読付き学術雑誌。最新(2022 年)のインパクトファクターは 15.0。

研究の背景

 温度や酸素分圧に応答して可逆的に酸素を吸収・放出する金属酸化物は、酸素貯蔵材料(または酸素キャリア)と呼ばれる。酸素貯蔵材料は、炭素循環社会に資する CO2 捕獲、CO2 転換、エネルギー貯蔵や酸化還元触媒反応などに活用可能な化学ループ技術※3 のキーマテリアルであり、近年注目が高まっている。特にCLAS は、工業・医療をはじめ、さまざまな産業分野で利用される酸素ガスを、従来よりも少ないエネルギーで多量に製造する技術として有望であり、現在主流の深冷分離法による酸素ガス製造を代替する可能性を秘めている。

 大規模かつ省エネルギーの CLAS を実現するには安価で高性能な酸素貯蔵材料が必要不可欠であるが、低材料コストの従来材料の動作温度は500~700℃であり、より低温で駆動する新規材料が望まれていた。

※3) 化学ループ技術 (CL: Chemical looping):媒体を介して複数の異なる化学反応を空間的に分離して行う技術。反応物を混合して反応を起こすと生成物の精製工程が必要になるが、この技術では生成物が 1 種類になるよう設計することによりプロセスを簡素化できる。例えば、火力発電の場合、空気で燃料を燃やすと大気に元々含まれる窒素が生成物の CO2と水蒸気へ混入する。これに対して CL では、媒体となる金属鉄を空気中で加熱し、酸素と化合させて酸化鉄とした後、空気の代わりに酸化鉄を燃料と反応させることにより、反応に関与しない窒素が混入することなく CO2 と水のみが排出される。同時に酸化鉄は金属鉄に還元され元の状態に戻るため、媒体(=金属鉄)は繰り返し使用できる。この一連のプロセスは CL 燃焼と呼ばれ、CO2循環社会を実現するためのCO2 回収・貯留を容易にする。その他にも酸素貯蔵材料を使ったさまざまな反応を組み込んだ多様な CL プロセスが提案されている。

研究の内容

 本研究では、原料コストの観点で魅力的な鉄をターゲットにして材料探索を行った結果、新規鉄酸化物 Ba5CaFe4O12 を発見した。結晶構造解析により、Ba5CaFe4O12は酸素欠損が秩序配列した未知のペロブスカイト型構造を有することが判明。酸素欠損ペロブスカイト型酸化物は、さまざまな機能性、例えば高温超伝導やイオン伝導などを示すことから盛んに研究されている化合物群になる。

 これらの機能性は材料の結晶構造と密接に関連していることから、酸素欠損の秩序構造の設計は機能性制御において重要である。Ba5CaFe4O12は金属イオンと酸素欠損が単純ペロブスカイト型構造の 5倍周期で配列した初の「5 重ペロブスカイト」であり、その顕著な酸素吸収放出特性はこの酸素欠損秩序に由来していると考えられる。

 Ba5CaFe4O12の酸素吸収放出特性を熱重量分析によって調べた(図 2)。模擬空気(酸素 21%と窒素 79%の混合ガス)中で温度を上げると、酸素吸収による急激な重量増加が見られた。さらに温度を上げると次第に重量が減少し、400℃付近で急激な重量減少を示して元の重量に戻った。冷却過程でも同様の重量変化が見られ、酸素吸収放出が可逆的であることが示された。

 Ba5CaFe4O12は窒素中(無酸素雰囲気)で合成されるため、結晶中に多量の酸素欠損を含んだ状態で得られる。この欠損部位へ酸素を取り込むことにより、酸素過剰型の Ba5CaFe4O12+δ(δ≤2) へと変化する。昇温中の X 線回折実験により、この重量変化と同じ温度で結晶構造が大きく変化していることが確認され、本材料の顕著な酸素吸収放出は結晶構造変化を引き金に起こっていることが明らかになった。

 CLAS を模倣して酸素ガス製造能力を調べた(図 3)。本材料は模擬空気中 370℃において、1.2 重量%の酸素を 1.5 分以内に吸収し、続けてガスを窒素へ切り替えると吸収した全酸素を 3.5 分以内で放出した。さらに、この酸素吸収放出挙動は 10 サイクルにわたって完璧な可逆性を示した。Ba5CaFe4O12の酸素吸収放出量は、1 日あたりの性能に換算すると材料 1 kg あたり 2.41 m3 の酸素ガス製造能に相当し、既知材料Sr0.76Ca0.24FeO3−δ の性能値(0.81 m3 kg−1)の約 3 倍であった。さらに、本材料の動作温度 370℃は、上記の従来材料が動作できる温度より 180℃も低く、また製鉄所において未利用の排熱が存在する温度域であることから、本材料を排熱で駆動することにより CLAS のエネルギー効率を革新的に向上できる可能性がある。

(左)図 2. 模擬空気中での熱重量分析。(右)図3. 370℃における酸素ガス製造能力繰り返し試験。流通ガスを切り替えながら酸素吸収放出に伴う重量変化を測定した。
(左)図 2. 模擬空気中での熱重量分析。(右)図3. 370℃における酸素ガス製造能力繰り返し試験。流通ガスを切り替えながら酸素吸収放出に伴う重量変化を測定した。